「抗がん剤だけはやらない」
それは、ずっと前から決めていた私の覚悟だった。

再発しても、新しくガンが見つかっても、
抗がん剤だけは選ばない。
そう思って生きてきた。

そんな私に、約10年診てくれている先生が言った。

「あやさんとは10年の付き合いだし、家族みたいな思いがある。
だから、医大で提示される治療があったら、3ヶ月だけでいいからやってほしい。
その後は、やめても何を選んでもいい。
今は、このガンの勢いを止めないといけない」

2月の検査では、卵巣も何も問題なかったはずだった。
それなのに、たった3ヶ月で、私の体の中は一変していた。

紹介状と画像データを受け取り、
娘と母と一緒に札幌へ向かう車に乗り込んだ。

運転中、何度も涙が込み上げた。
でも、後部座席にいる娘と母の存在が、
私を現実に引き戻してくれた。

——まだ、私には守るものがある。

無事に姉の家へ到着。
家を出る前、電話口で泣いてしまった私とは対照的に、
姉はいつも通りの顔で迎えてくれた。

でもその裏で、
姉は家族と連絡を取り合い、
セカンドオピニオンや治療法を必死に調べてくれていた。

怖くて、何も調べられなかった私の代わりに。